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学校紹介

校長 上野 順子 先生

 『ただの給食ではない!外国人記者が驚いた日本の給食制度。生徒は満足するだけでなく、責任感や健康的な食生活を学ぶ。日本の平均寿命は世界でも最も長く、肥満の割合は平均を大きく下回っている。』という記事に目が釘付けになったことがあります。日本の学校給食が、世界でも有数あ長寿国の理由の1つになっていると、驚きを持って発信されました。また、『日本の介護食「スマイルケア食」が東南アジアを中心に輸出拡大を図っている。』という記事も目にしました。手探りで始まった介護食が、世界の高齢者の栄養改善に活用されているというのです。
 昭和から平成までの栄養士・管理栄養士が累々と取り組んできた学校給食や、病院食、介護食が今、世界中に広がっている現実。うれしい評価です。
 そして迎えた「令和」、新時代の到来。あなたたちが活躍する時代です。少子高齢化を迎え生活習慣病の急増及び発症の低年齢化、食の安全への不安等社会環境の変化に伴い、健康に対する国民関心が非常に高まっています。「食と健康」のスペシャリストである栄養士に対して「高度な専門知識と技術に加え、指導的な立場の役割を果たすことのできる能力を備えた専門家」として求められています。
 このような中、東北栄養専門学校は、建学以来96年の年月を経ておりますが、その間「教育即生活」の言葉で象徴される「生活の中教育がある」という建学の精神を堅持しこれを実践することで、今日まで発展してまいりました。本校は長い歴史と数多くの栄養士を多方面に送り出しいる実績を持ち社会に役立つ人間性豊かな専門家の養成を目指しています。今後は、特にこのような時代的、社会的なニーズに応えられる、幅広い教養とコミュニケーション能力、豊かな技量を身に付けた指導力のある栄養士を養成すべく、新たな教育方針を位置付けました。本校において、時代をリードできる専門家を目指して努力されることを期待しています。
 「栄養士になりたい」という志を持つ皆さん!
 教職員と共に心を一つにし、力を合わせて様々な課題に取り組んで行きましょう。

学園のあゆみ

柴田学園は2018年 創立95周年を迎えました

大正12年4月 柴田学園の発祥 弘前和洋裁縫女学校開校
昭和21年4月 東北女子専門学校開校
昭和23年4月 柴田学園高等学校開校
昭和24年4月 東北栄養専門学校開校
昭和25年4月 東北女子短期大学開学
昭和29年4月 柴田幼稚園開園
昭和44年4月 東北女子大学開学
昭和59年4月 東北コンピュータ専門学校開校
平成11年4月 専門学校統合校舎竣工

創設者・初代校長  柴田 やす 先生

  昭和25年5月14日
  東北女子短期大学開学式の栄えある壇上で急逝し、教育者として最も美しく
  最も劇的に苦闘七十年の生涯を閉じた。
  初代学長として開学式に臨む懐中に、感懐二首の短歌があった。
  その一首がいま碑に刻まれて前庭に建てられ、前を通る学生に無言の諭しを
  垂れている。

三代校長  今村 敏 先生

  柴田やすの息女。
  建学の精神を継承して、昭和30年から校長に就任。
  昭和44年東北女子大学を開学。生涯を学園の発展に捧げた。
  昭和51年12月逝去。
  正五位・教育功労者として、昭和42年藍綬褒章を受け49年には勲三等瑞宝章に
  輝いた。本県女性として到達された最高の栄誉であった。

五代校長  今村 城太郎 先生

  三代学長今村敏の子息。
  昭和55年に祖母と母の意志を継ぎ理事長に就任。
  コンピュータ専門学校・経理専門学校の併設をはじめ、
  短大に栄養教諭コースを設置するなど
  学園の拡充に足跡を残した。
  教育に対する情熱と実践は、著書「教育と環境」に示されてある。

健康な食生活を考えていこう


 本校はわが国に栄養士法が施行された直後の昭和24年、全国に先駆けて開設された男女共学の2年制の栄養士養成施設です。
 栄養士としての専門知識に、少人数制によるきめ細かな技術指導が加わって、これまで多数の栄養士が東北から関東圏において勤務し、仕事ぶりを評価されています。
 本校を卒業すると同時に栄養士免許が取得でき、これに3年間の実務経験が加算されると管理栄養士国家試験の受験資格が得られます。毎年数名の卒業生から管理栄養士合格のうれしい知らせが届いています。
 このところ、大学・短大卒や社会人、他の専門学校経験者の「社会人入学」が目立つのも本校の特色かもしれません。
 就職後によく卒業生が近況報告や相談などで母校訪問する回数が多いのは本校と卒業生との強い結びつきを示すものと思います。

栄専で身につく役立つ五つのチカラ